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2010年10月26日火曜日

X-RAY :「光」のデザインそして「秘密」

X-RAYの深い色合いが美しい透明のケース。「タフロン ネオαシリーズ」という新素材を採用している。ポリカーボネート(PC)をさらに強化するためのガラス繊維を配合しつつ高い透明性を実現したのがこの新素材。最先端の透明素材ながら、X-RAYのわずかに揺らめく表面に、吹きガラスの味わいあるゆがみのようなクラフト感覚を覚える。このわずかな揺らめきは、樹脂を成形する際のヒケやUV塗料の悪戯によるものだが、それらがかえってマスプロダクトらしくない表情を与えている。

深い色味を帯びた透明なケースの先に見えるもの。美しくレイアウトされた電子部品。液晶ディスプレイを駆動させるためのLCDドライバICや、液晶ディスプレイのバックライトを制御するためのIC。着信時にはその動きも見える超小型バイブモーター。超小型LEDで実現した7×102ドットの超高密度ドットマトリクスLEDディスプレイとそれを駆動させるためのドライバIC。このドットマトリクスLEDディスプレイ、新幹線車内で「朝日新聞ニュース」とか流れているあの電光掲示板の超小型版と思ってもらえればいい。見慣れた装置だけどこの小ささは実は驚異的。各ICを覆っている金属のシールドケースは、普通は錫色だが、わざわざマットブラックの塗装が施されている。ケース越しには分からないが、ICが搭載されているプリント基板の色(=ソルダーレジストの色)も、普通は緑色のところ、X-RAYでは黒く塗られている。基板の上に配置された文字:"QUALCOMM 3G CDMA"、"QSD8650"、"Snapdragon(TM)"、"LIFE>PHONE"。これらの文字は、設計上はここに書かれている必要のない文字だが、基板に相応しいフォントを使って効果的に配置されている。"QSD8650"、"Snapdragon(TM)"というのは、X-RAYに搭載されている米・クアルコム社製の新CPU(クロック周波数1GHz)のことで、このCPU自体は、下筐体側のメイン基板に搭載されている。

透明の筐体から誰もが思い出すのがiMac(1998年)から始まったトランスルーセント(半透明)ブーム。しかし、吉岡さんはこのX-RAY開発当初から、iMacのようなキャンディーカラーの半透明、Yum(おいしそう)な トランスルーセントとは違う方向を厳密に目指していた。もっと大人っぽく、もっと高級感のある透明へ。

iMacの半透明は、それまでのパソコンとは一線を画すポップさ、軽やかさをもたらし、当時のデザインブームの最中でインテリアに違和感なく溶け込む存在となった。iMacの半透明は軽やかさのための表現だ。初期のiMacの半透明ボディに内部を見せようという強い意思はあまり感じられない。iMac DVでは「グラファイト」や「ルビー」など透明度が高く内部がよく見える筐体が採用された。しかし基本的には軽やかな印象を与えるための「外装素材」であった。

スティーブ・ジョブズが基板の部品配置や配線処理についても美しさを技術者に要求し、技術者が「誰がそんなところを見るのか?」と反発したら「俺が見るんだ」と言ったとかいう逸話がある。内部へアクセスするためのスマートさや、内部機構の美しさはAppleファンなら誰しも知っている。ただ、やはり内部は内部としてデザインされ、外部は外部としてデザインされているように思う。iMacの半透明は、美しい内側が見えこそすれ、あくまでポップな装いのための「外装」ということが重要だった。Power Macintosh G3G4 Cubeの半透明あるいは透明ボディは、半透明もしくは透明ながら外部と内部とは隔てられたデザインになっている。総じてAppleの半透明、透明は軽やかさ、非物質性、浮遊感を表現するための「外装」だった。

X-RAYを発表して「キカイダー」みたい!という感想をたくさん見聞きした(笑)ちなみに僕は「キカイダー」ってあまり記憶に無いんですけど。。。まあ、そのキカイダーよろしく、中がどうなっているのかを具体的に示すための、いわゆるスケルトンモデルというものがある。カメラとか電化製品とか車とか、そうしたモノたちの内部構造がどうなっているのかを見せるために敢えて透明のボディで作られたモデルである。スケルトンモデルは「中がどんな構造になっているのか知りたい、見てみたい」という私たちの解剖学的興味を満足させてくれる。そういう魅力を持っている。だがこれらは、内側をデザインしたものでなく、普段は隠蔽されている内部を特別に曝け出したモデルにすぎない。


「プロダクトデザインというよりも、光を直接モノに組み込むことで、まったく新しい表現を生み出したかったのです。」(X-RAY:吉岡徳仁インタビューより)

外側のかたちではなく、内側からデザインされたX-RAY。普通は外装ケースによって隠蔽されている内部機構。その内部をまず美しく整えること。そして、透明な外装の透明度と色合い、見せるものと見せないものを巧みにコントロールする。美しく光を操り、デザインされた内部の見え方を調整する。X-RAYは、外部と内部の間、透明と不透明(隠蔽)の間、光と闇の間でデザインされている。X-RAYは「光」をマテリアルとしてできている。光がどれだけの強度で奥に差し込むべきか、光によって何を見せ、何を見せないのか。そして完成したX-RAY。深い色を帯びた凪の海。その奥底に見える美しい古代都市を眺めるように、私たちはX-RAYを覗き込み、夢中になる。見えてはいるが、そこにはまだ秘密の何かが隠されている。だからずっと見ていたくなる。iMacの半透明は内部がどれくらい見えようが見えまいが、そこに「秘密」は些かも無い。だがX-RAYには魅惑的な「秘密」がある。

2010年10月20日水曜日

X-RAY プロトタイプ

X-RAYは、雑誌『PEN』の「吉岡徳仁とは、誰だ?」(2009年5月15日号)ではモザイク写真の状態でプロトタイプが掲載されたり、テレビ番組「情熱大陸」に吉岡さんが出演した際には、透明なアクリルのモックアップを吉岡さんが手にしていたり、発表に至るまでにちらちらメディアに露出していました。下記のテキストは、まだX-RAYがプロトタイプでしかなかった頃、書いたもの。


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「デザインとは、かたちを得ることで完成するものではなく、人の心によって完成するものではないかと考えています。また、自然の原理やその働きを発想に取り組むことが、デザインの今後において大切なものとなっていくのではと感じています。」(吉岡徳仁「セカンド・ネイチャー」展より)

大人っぽく深みのある色合いに着色された透明なケースの向こうに、かすかに見える電子部品。一見すると何ら衒いのない、誰も嫌わない形をした二つ折りのケータイながら、計算された透明度と艶と色が、これまでのケータイには無い魅力を醸し出している。
吉岡が目指したのは、かつてのiMacのようなキャンディーカラーのポップな透明ではなく、もっと大人っぽく、もっと高級感のある透明。「自然の原理やその働きを発想に取り込むこと」がデザインの未来だと考える吉岡は、葉の形が自然の摂理に基づくいろいろな理由から出来上がっているように、携帯電話も機械(メカ)、電子機器だけれども自然だと言う。ケータイが複雑な機構や電子部品の組み合わせで出来ている事実=自然を、デザインされた形で隠蔽してしまうのでなく、かすかに見せること。それが、単に美しいデザインで終わらない深みのある魅力をこのケータイにもたらしている。
このケータイのもう一つの魅力、透明ケース越しに見えるサブディスプレイは、電光掲示板を使った作品で知られるアメリカの現代アーティスト、ジェニー・ホルツァー(Jenny Holzer)を思わせる美しい演出になる予定だ。

道具作りの鉄人/岩崎一郎 そしてG11

岩崎さんは自分のデザインに関して寡黙だ。取材もあまり受けないから、岩崎デザインの魅力を岩崎さん自身の言葉から探り出すのは容易でない。なので、僕の頭の中に浮かぶ言葉を羅列してみる。「道具」「手」「丁寧」「凛」そして「優しさ」。そう、岩崎さんは飛び切りいい「道具」を頭でなく「手」で作る人だ。丁寧に作られた「道具」。凛とした佇まいを持つ「道具」。それでいて人なつこい優しさを感じさせる「道具」。岩崎デザインのアイコンであるミューテックの電話機Contrastのグラスやエスプレッソメーカーラタン製の子供用チェア、、、ほら、みんなそうだ。

今回、iidaから発表したG11は、前作G9の後継機として企画された。持つ喜びを感じる「道具」としてのケータイを作り上げること。Gシリーズのミッションはこれに尽きる。Gシリーズの原形は、2001年に発表したコンセプトモデルGRAPPAGRAPPA 002。GRAPPA(グラッパ)は、ご存知のとおりイタリアの蒸留酒のこと。コンセプトモデルの名前を岩崎さんにお願いしたら、考えてくれなかったので、、、岩崎さんとミラノで飲んだ思い出のグラッパを名前にすることに。一見、適当なネーミングだけど、グラッパの凛とした味わいとコンセプトモデルの凛とした佇まいが僕の中では繋がっていた。G9そしてG11の「G」は、そのコンセプトモデルGRAPPAの頭文字。後ろの数字は、発売の年。G11は2011年に発売するからG11。

「持つ喜び」という表現はカメラの上位機種や腕時計、あるいは万年筆のようなアイテムで良く使われる。ただ、本当に「持つ喜び」を感じる上質なプロダクトに出会うことは、そう多くはない。とりわけケータイでは。ケータイを、持つ喜びを感じる道具として仕立てることのできるデザイナーは岩崎一郎しかいない。G11の来春発売まで残り数ヶ月。岩崎さんは開発メンバーと共に丁寧に丁寧に仕事を進めている。

デザインケータイ最終形? X-RAYそしてG11

自虐的な「日本=ガラパゴス論」の3年の間に、かつては世界一の進化を謳っていた日本の「ケータイ」は「ガラケー」などと蔑まれるようになった。携帯電話キャリアは各社一斉にケータイからスマートフォンへと主軸をシフトさせた。
そして、auから登場したIS03を皮切りに、FeliCaやワンセグ、赤外線などこれまでのケータイの利点とスマートフォンの利点を融合させたスマートフォンが登場。日本のケータイ文化はスマートフォンに移植され、第2ステージへと向かおうとしている。

そんな中、iidaブランドとして今回発表したX-RAYとG11は、スマートフォンでなく、今まで通りのケータイ、フィーチャーフォン。X-RAYは2つ折り、G11はスライドと、機構的にも典型的なケータイの姿だ。「デザインケータイ」というジャンルを生んだau design projectが2001年にスタートとしてからもうすぐ10年。iidaへと受け継がれたそのスピリットは、この2機種を持って一つの頂点、極みに達したのではないかと思う。

2010年10月4日月曜日

料理人「吉岡徳仁」

吉岡徳仁さんは、かつてはよく(今も?)「素材の魔術師」と言われ、吉岡さんの作品の斬新さは新しい素材に負ってるようなイメージがあった。イームズとプライウッドの関係みたいに、デザイナーと新素材の幸運な出会いの逸話を思わせるような。でも実際に使ってるのはストローだったり、ティッシュだったり、羽毛だったり、必ずしも新素材でなく、というか大体まあその辺にあるものだったりする。一般的に手に入りにくいものだったとしても、まあその筋にいけば手に入るもの。

吉岡さんは「新素材」のデザイナーでない。吉岡さんはやっぱり料理人だ。料理の美味しさとか美しさとか斬新さって、決して最新鋭の野菜とか魚とか肉とかから生まれるわけではない(人工的に作られた最新鋭の野菜とか魚とか肉とかあるけど、それが決め手なわけではない)。大抵はそこそこ昔からある野菜とか魚とか肉といった素材を料理人が吟味し、これまでの料理人がやらなかった「切り口」で素材を組み合わせ、調理し、盛りつける。素材を慎重に吟味し、丁寧に下準備し、素早く調理し、美しく盛りつける。このプロセスは吉岡さんのプロセスそのものだ。吉岡さんは大豆ではなくてアクリルで豆腐を作る。吉岡さんはマグロとか松茸とか京野菜とかの代わりに、アクリルとかガラスとかストローとかティッシュとか羽毛とかを使って料理する。よくある食材だけど誰も食べたことのない美味を求めて。

吉岡さんは「カタチ」のデザイナーではない。「デザイン=カタチ」という図式は未だに私たちの中に強力に根付いている。吉岡さんのデザインは、料理が「カタチ」でないように「カタチ」ではない。吉岡さんのデザインの魅力を何となく上手く説明しにくいとしたら、それは「デザイン=カタチ」に捕われているからかもしれない。吉岡さんの手にかかるとケータイのデザインも「カタチ」が重要でなくなる。電子部品やら外装部品やらの集積体は一度ばらされ、個々別々の素材として再吟味される。そして、丁寧に下準備され、素早く調理され、これまで誰も食べたことのない美味しくて美しい一皿へと昇華する。料理において盛りつけの美しさが重要なように、結果としての美しい「カタチ」がそこには存在する。MEDIA SKINでは、外装素材は「第二の皮膚」というテーマの元に再吟味され、シボとソフトフィール塗料の組み合わせでこれまでにない「触感」を実現した。そして「カタチ」も美しかった。

吉岡さんは「あー、●●●!」のデザイナーである。吉岡さんは「第二の●●●」という表現を好んで使う。それは「代わりの」という意味ではない。「第二の皮膚」は「皮膚の代わり」ではない。それなら革とか使えばいいんじゃないかとなるが、そうではない。「第二の」は「あー」という感嘆詞だ。「第二の皮膚」は「あー、皮膚(みたい→身体&思考の一部であるかのよう)!」だ。素材の吟味と巧みな調理によって「第二の●●●」は完成する。同様に「第二の自然」は「自然(そのもの)の代わり」ではない。「あー、自然!」ということだ。それもまた、自然素材を使って表現すればいいというわけではなくて、「あー、自然!」という強度を実現するに相応しい素材を慎重に吟味することで完成する。料理人が最高の「あー、美味しい!」のために、素材を選び抜き、下準備し、素早く料理し、美しく盛りつけるように。