スナブロ SUNA-BLOG: デザインケータイの10年:「かわいい」 vs「カッコいい」

デザインケータイの10年:「かわいい」 vs「カッコいい」

1995年。Windows95が発売されてパソコンの普及が加速し、ワープロが廃れ、インターネットの急速な普及が始まり、社会が情報化・ネットワーク化していく起点となった年。阪神・淡路大震災そしてオウム真理教による地下鉄サリン事件が起った年。

この1995年は、前述したようにインターネット文化とケータイメール文化、「デザインブーム」と「かわいい」カルチャーの起点となった年でもある。

95年以降、女性的感性が原動力となって生み出された文化が、女子高生を中心としたポケベルブーム(93年~)を受け継ぎ、95年のPHSサービス開始により始まったケータイメール文化と「かわいい」カルチャーの掛け合わせ。プリクラ登場も95年。

一方、男性的感性が原動力になって生み出された文化が、インターネット文化(インターネットと結びついたパソコン文化)と「カッコいい」あるいは「美しい」感性を基本とする「デザインブーム」の掛け合わせ。

日本における1995年以降の情報文化と感性文化の組み合わせは、このように2通りあり、並走しつつ、時に交差しながら発展していく。95年以降、PHSやケータイといったモバイルデバイスは、女性的審美眼に基づく「かわいい」感性を参照してデザインされるようになり、インターネット文化寄りのモバイルデバイスであるPDAやハンドヘルドPCは男性的審美眼に基づく「カッコいい」感性を参照してデザインされていた。1995年から2000年初頭にかけてのモバイルデバイス のプロダクトデザインを巡る状況を極々単純化するとこう説明できる。

「かわいい」感性はゼロ年代に入ると男性的な審美眼に基づく「カッコいい」感性を侵食していく。真壁智治氏とチームカワイイによる『カワイイパラダイムデザイン研究』(平凡社)は、この状況について分析を試みた大変興味深い書籍だ。モダンデザインに相応しい形容詞は「カッコいい」。男性的で理性的、合理的、機能的なイメージが思い浮かぶ。真壁氏によれば、モダンデザインの思想は、万人のための標準品という理念の下に展開されてきたものではあるものの、デザインテイストはアポロン的(合理的で明快)な様相を色濃くもっており、男性的な審美眼が特徴となってきた。それがゼロ年代以降、「「優しさ」や「愛らしさ」、「瑞々しさ」といったこれまでモダンデザインには表出してこなかった女性的志向の表現が次第に現れるようになった」と言う。根っこには「モダン」を継承しながらも、「カワイイ」を取り込む形で変容したモダンデザインを真壁氏は「モダンカワイイ」と呼び、その事例として深澤直人さんのINFOBARやプラスマイナスゼロの加湿器、あるいは吉岡徳仁さんのMEDIA SKINをあげている。

モダンデザインが変容した「カワイイデザイン」を真壁氏はポジティブな視点で捉え、「モダンデザインの機能主義とは異なるメタ機能とでも呼ぶべき領分を切り拓くデザイン」であり、「心に生起する「感性」をデザインしてゆくわけで、「「インスケープ・デザイン」(心の風景をデザインする)という言い方もできる」と述べている。

真壁氏がわざわざカタカナで「カワイイ」と表現しているのは、ピンク色でラメラメのキュートな雑貨やキャラクターを単純に意味しているだけに受け止められかねない「かわいい」と区別したいがためであることに留意しなくてはならない。「カワイイ」と「かわいい」の相違は、村上隆が、オタク文化を下敷きにしながら、それをコンテンポラリーアートの世界的な文脈の中で変容させた(それゆえにオタクから批判された)ことに似ている。

深澤直人さんや吉岡徳仁さんのデザインに対する世界的評価、あるいは、前衛芸術家・草間彌生さんの作品が、かつての女性的でチャイルディッシュというネガティブな評価から一転して、ゼロ年代に入り世界的な評価を一気に獲得した事実に見られるように、女性的かつ日本的な「カワイイ」は、デザインやアートの文脈において世界的な影響を与えている*1。「カワイイ」は、10年代のデザインを考える上で、さらに掘り下げるべき概念である。

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*1 一方、アニメやマンガ同様に、ピンクでラメラメな日本の「かわいい」文化もまた、アジア諸国、欧米諸国に広まっている。NHKの深夜番組「東京カワイイ★TV」は、この辺りの事情を積極的に取り上げている。

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